今月末には刊行されます。
様々な業界の著名人が「戦争」について書かれてますが、
その中に私も書かせて頂きました。
題材は「子を守る戦い」です。
ヤクザにせよ、
堅気にせよ、
警察官にせよ、
自分の子供を守るためには、
戦いというものが生じてくる。
私にはノアという娘がいるが、
ノアを産むまでの過程でも、
色々な出来事が生じ、
その度に「戦い」というものがあった。
自分との戦いでもあったが、
もし自分の子供がイジメにあってたら?
子供が誰かに脅かされていたら?
子供が猥褻行為を受けてたら?
子供が交通事故に会うのではないか?
そういう事に対して、
誰しもファンを感じてはいるだろう。
他人は所詮、他人でしかない。
他人が他人の子供を命がけで守れるだろうか?
そりゃあ、「産みの親よりも育ての親」とも言うが、
全く私と同じ顔したノアである。
何処で誰が見ても、
「中野ジローの娘だ!」と思うことだろう。
私の実父、漫画家・森哲郎は、
「俺の息子だというプライドを持てよ!」と言っていた。
実母は亡くなる時に、
私の写真を手にしていたという・・・。
中学校を卒業してから直ぐに私は親元を離れて、、
以降は殆んど両親とは一緒に暮らしてはいない。
私には実兄も居れば、
腹違いの妹、洋子もいるが、
やはり殆んど別々で、
特に洋子とは、
幼少の頃、2回だけ会った思い出しかない。
たまに実兄とは連絡を取ることもあるが、
洋子の連絡先は分からず、
「何処かで苦労してるのかな?」と思うこともあるけれど、
私は苦労を苦労と思わないタイプの人間だが、
実父がいう「プライド」とは何か?
確かに実父は多くの作品を世に残して亡くなった。
私が物書きになり、
政治にも関心を持つようになったのも、
実父から受け継がれた血筋なのだろうか?
実母は小学4年生の時に、
愛知県でも有数な呉服店を営む両親が他界してしまった。
(愛知県、中村家本家筋の母方)
以後は呉服店も失い、
親戚やお寺や施設を転々とし、
戦争孤児みたいな育ち方だったのだろう。
故に家族愛というものに飢えてもいたのか?
私は、
伊勢湾台風の関係で、
予定より2ヶ月早く未熟児で産まれ、
病院の先生も、
「この子は病弱だし育ちませんよ」と諦めを諭したけれど、
実母は先生の言葉など聞き入れず私を意地になって育て上げた。
そして、今では年齢的には人並み以上に元気だが、
いつかは私にも「死」は訪れる・・・。
「人は死して名を残す」とも言うが、
物を書く、書いた作品を残すということでも、
又、私ながらの生き方を人は良くも悪くも言うだろうが、
こうして著名な方々の中に加えて、
物を書かせて頂けること・・・。
今回、この本の刊行までに、
尽力して下さった、
編者・松本彩子さんに深く御礼申し上げます!
(ノア・・・、私は私なりにノアの父親として、人様が何を言おうと、恥じなく生きるからね!)